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クルド難民

2004.09.10 日記・コラム・つぶやき C(4) TB(2) このエントリーを含む「はてなブックマーク」 この記事を「livedoorクリップ」! 「Yahoo!ブックマーク」に登録

写真昨日、取材で表参道に行ったところ、国連大学のところにテントが二張。「KURDISH REFUGEE CAMP」と書かれている。

帰途、立ち寄ってみると、難民認定を受け入れられず、日本の入管に訴えを続けているトルコのクルド人難民の二家族が座り込みをしているところだった。

クルド難民の問題は、ニュース等でよく目にし気になっていたことでもあり、また、入管行政についての問題提起の記事をちょうどアムネスティの会報で読んで興味を持っていたので、立ち寄ってみた。

写真難民認定を求め7/13から連続座り込み中 クルド人の2家族12人

もちろん「難民」を名乗る単なる出稼ぎ者が増えてしまうという問題もあるものの、日本の場合、そんなざる状態を心配する以前に、「ほとんど認定されない」非常に厳しいもののようだ(年間 数十人程度)。

クルディスタンという地域をトルコ、イラク、イラン(シリア、旧ソ連にもまたがっているという、互いに国境をはさんで争う国に分割されてしまい、国を持たない民族であるクルド人は、トルコでも長い間クルド語の利用が禁止されていたり・・・と、迫害を受けている。イラクでは毒ガスによる住民虐殺事件も起きている(「ハラブジャの悲劇」)。

クルド人&クルディスタンとは


+++


自分がクルド人に初めて会ったのは1992年、イラクの湾岸戦争から一年が経過した頃だった。当時、一年住んでいたエジプトからトルコに陸路で抜けようとしていた自分は、シリアの首都ダマスカスで、客引きにひかれてある安ホテルに入っていった。狭いロビーには「どっからでてきたんだ・・・」と、都市部には珍しいほどの格好をした老人をはじめ、何人かの人が椅子に座って話をしていた。

・・・のだが、何を話しているのかわからない。

同じアラビア語でも、エジプト方言とシリア方言はかなり違う。
とはいいつつ、理解できないほどではないので、全部はわからないにせよ、どんな話をしているのか漠然とはわかるレベルだった。

「シリアの青森弁か?」

部屋が空いておらず、とりあえず・・・ということで、ほとんど物置のような狭いところにベッドを突っ込んだところに通された。荷物を置いて、ふとベッドの頭のほうの下をのぞくと、小さな冊子が山積みになっている。

一冊手にとってみると、それは英語で書かれたもので、イラクのクルド人虐待を告発するリーフレットだった。なんでこんなものが、こんなところにあるんだ?

ロビーに戻ると、相変わらず何人もの人が出入りしているが、ホテルの従業員の話す言葉も含めて、やっぱり基本的にわからない。聞いてみると、従業員も宿泊客もクルド人ばかりで「うーん、アラブは滅多に泊まらんなあ・・・」とのこと。

どこでもそうだが、少数民族に属する人は外国人が興味を示すと、非常に積極的に自分たちのことを話し始める。この時もそうで、こちらが片言のアラビア語が話せると知ると、クルド問題について激しく語り始めた。数は忘れちゃったが、各国が公表しているクルド人の数は嘘っぱちで、本当はイラクでもトルコでも、相当数のクルド人がいることや、差別が行われていることなど。「シリアのクルド人にとって、トルコやイラクに住むクルド人も仲間なのか?」と聞くと、当然との答え。アラブ人も、同じ言語を使っているから・・・という理由だけでなく「同じアラブ人」としての同朋意識が非常に強いが、それと似ている。「ハラブジャの悲劇」についても、まるで親戚が被害にあったように語っていた。

その後、仲良くなった人達と連れ立って街中に食事に行ったりするようになったのだが(女性がひとりでレストランに入るのはちょっとためらわれることが多い)、何でわかるのだろう、店に入る瞬間に店員が「クルディ?」などと聞き「そうだ」と答えるというシーンが何度かあった。徴兵で、クルド人が多く住むユーフラテス河の奥の地域からやってきているという青年は、「早く帰りたい・・・」とぼやきまくっていた。シリアでクルド人迫害があるという話は聞いたことがないが、決して不満なく暮らしているというのでもなさそうだ。(トルコやイラクに比べたらずっとまし、という話はしていた)

興味深かったのは、クルド人の顔つきや宗教だ。
どう見ても日本人としか思えない顔立ちの人もいた。
碧眼にブラウンの髪という人もいた。
イスラムでもクリスチャンでもないという人もいた。アラビア語で語られたその宗教の名前は忘れたが、話を聞いていると、善悪の神、火の崇拝など、ゾロアスター教やその流れを汲むような宗教なのかな?と思った記憶がある。

クルド語もその時いくつか教えてもらったんだけど、忘れてしまった。
数の読み方などがペルシャ語に似ていた気がする。


なあんて昔の思い出がよみがえってきた。


難民認可が下りるといいなあ。
ということで、とりあえず署名だけしてきた。

写真



コメント

日本で難民申請してるクルド人がいるなんてちょっとびっくり。

日本の難民政策は厳しすぎると思う反面、20年ぐらいのスパンで考えると、日本の周囲には大量の難民を作り出す可能性が高い国がいくつかあるので、そのことを考えると基本的に認めないという方向でいくしかないのかな?とも思います。偽装結婚や、残留孤児の資格偽造してでも日本にいきたいという人たちが大量にいることを知ってるんで。

「結局自分の国が一番いいや」という形で落ち着くことが多い我々日本人の感覚からすると、言葉もしゃべれないのに、何故異国にいきたがるのか?想像もつかないです。

日本人は異国、異民族の文化や技術を受け入れることに関しては非常にうまくやったと思いましたが、異民族そのものを受け入れる事に関しては、上手、下手以前の、出来るか?出来ないのか?というレベルではないかという気がします。

人口が減ってくるなか、異民族を受け入れるかどうかは将来的に現実の決断を要する問題になってくると思うので、これからの教育はそういうことも含めてやらないといけないのでは?と思うけど、20年のスパンがあったら、ロボット使って解決しそうですよね。この国は(^_^;)

投稿者: 円海 (2004.09.10 15:57)

署名、どうもありがとうございます。

難民認定は年間20人程度と思います。

投稿者: かめよん。 (2004.09.11 01:29)

かめよん。さん、
はじめまして。
本当にご苦労様です。

難民問題とは別の話になりますが、外国人労働者受入問題については、やはり日本のコミュニティが「外国人排斥」の土壌を変えられない限り、大量に受け入れても相互に不幸になる気はしちゃいます。(安価な労働力=人格無視の取扱の危険性)

経済疎いので、「労働人口減って、製造業が国外脱出して、国の経済規模がシュリンクしていってバランスとんとんなんじゃないの?」とか単純に考えちゃうのですが、まあ企業だって「売上げ落ちたけどリストラで人も減ったし、まあ財務体質さえ悪化させなきゃ問題ないね」とはいかないの同様なんでしょうね。産業の構造改革も新産業育成も難産で、日々白髪増やしている政治家もいるし。

難民については、難民条約批准国であり、緒方貞子さんを輩出した国でもあり、やっぱ欧米並みの国際社会義務は果たしたいところ。(まあ難民受入を拒む代わりに、膨大な資金拠出をしているからいいでしょ、という意見も一理あったりしますが)
確かに東アジアには近い将来の「難民発生」要因があるので、否が応でもそっちで貢献をすることになるかもしれませんね。
http://www.unhcr.or.jp/

投稿者: わだ (2004.09.11 14:11)

数日前のデキゴトで凹んだ気持ちが中々戻らない。
が、そんなことがあってもお腹は空くのですね。
ランチをとりながら読んだ新聞にクルド難民の記事がありました。
クルド人の家族の一部(夫と息子)が難民不認定で退去強制処分となり、
トルコに送還されてしまったとその記事は伝えていました。

自分に起こる些細なデキゴトと、こういうことを一緒にはできないけれど、
マザーテレサの言うように、自分の最も近いところから愛の行為と
人を大切にすることを始めることができたら、
そういうことが広くたくさん伝播してゆけば、
世界は平和になれるのかもなぁなんて思います。
どうして争いはなくならないのか…。

なんて、ついついフォーク(ランチでパスタ食べてたので…)の先を眺めました。

投稿者: サハラ (2005.01.19 22:48)





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