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街中にサイボーグ009がいっぱい!石巻を歩く

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自分が最初にボランティア活動で現地に入ったのは、GW明け。4月の早い段階からボランティアを大規模に受け入れた石巻は、かなり早い段階で市内商店街など中心に片付けが進んでいた。

それでも、シャッターはぼこぼこ、一階部分は根こそぎ何もなくなった状態。歩道には土嚢袋や粗大ごみが積み上げられ、自衛隊ヘリコプターが上空をひっきりなしに飛び交う異常な風景の中を、普通に小中学生が友達と一緒に通学していたりする風景は、なんとも不思議な感じだったのを覚えている。

それから9ヶ月。今はどうなってるのだろう。
それが気になっていた。

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石巻市には石ノ森萬画館があり、
駅もサイボーグ009のイラストでいっぱい。

石巻市は、宮城県出身の漫画家、石ノ森章太郎の協力を得て「石巻マンガランド基本構想」を策定し、「萬画」を活かした創造性ある街造りに取り組んでいる。その一環として、石ノ森萬画館の最寄り駅である石巻駅、および石ノ森萬画館までの道「マンガロード」では数々の石ノ森章太郎作品のキャラクターを見ることができる。(Wikipedia「石巻市」より)

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街中にも、駅前から続く「マンガロード」中心にキャラクターがたくさん!

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がたがたなところも多かった歩道もきれいになり、一階部分が壊れまくっていた商店街も、その多くはもう内装やシャッター新しくしてきれいに生まれ変わっていた。

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行列ができているかまぼこの店もあり、お正月の注連飾りなどの販売も行われていたり。
まだ、ぼこぼこのシャッターで中は廃墟状態という建物もあるが、そうした一部の風景をのぞけば、普通の商店街の姿に戻っているように感じた。

もちろん外部の自分には見えてないものがほとんど。
家や店舗は回復しても、仕事を失って出稼ぎにいかざるを得なくなった人も多いのだろう。震災前がどうだったかはわからないが、シャッターしまったままの店も多く、厳しい状況はあるんだろうなとも思う。

それでも「たった2ヶ月でここまで回復した」といわれていた5月よりもさらに街中の様子が平常になっていて、何かとってもほっとさせられたのは確かだ。

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石ノ森萬画館。
北上川下流の中洲にあり、大きな被害を受けた。
まわりの建物が流失してしまっていることを考えると、ちゃんと形が残ってることが奇跡にも思える。

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橋や川の両岸の工事も行われていた。

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来年の営業再開を目指しているそう。

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入り口のベニヤ板には、外から来た人たちの激励メッセージなど。

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ボランティア活動に参加した他県の人の書き込みが多いようだ。自分同様、春にボランティアで来ていて、秋以降もう一度今度は旅行でやってきたぽい方の書き込みもあった。

みんな気になってるんだろうな。

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そして日和山公園に上ってみた。
前回ピースボートでボランティア活動に来ていた時のことをいろいろ思い出す。あそこに自転車をみんなで止めて上っていったよなあとか、高台の家はまったく無傷で、でも外にでている人とか、「本当にご苦労様です」とすごく丁寧に声かけてくれたよなあとか。

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そこから眺める風景は・・・

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やはりとても痛々しいものだった。
5月はまだ、道路以外は瓦礫が積み上げられていたが、今はそれらも撤去され、どこか埋立地のような状況。

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中州部分もそう。

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前回は、地元の人が瓦礫の間からいろいろ物を探したりしている様子も遠くから見ることができ、外部の人間として、そこに降りてゆくことには抵抗感あり、遠くから眺めるだけだったが、今回は降りてみた。

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土台だけ残った家のあと。
日和山公園より奥がそうであるように、こちらにもたくさんの家やお店なども立ち並んでいたのだろう。基礎部分残し、きれいさっぱりなくなっていた。

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むしろこういう形で形が残ってる家があると「なぜこの建物が?」と不思議に思ってしまうほどだ。

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もちろん全く住める状況ではないんだけど。

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瓦礫撤去などの活動をしてくれた人たちへのメッセージだろうか。

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ところどころにこんな看板が掲げられていた。

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海岸線のすぐ近くには、瓦礫と車の仮置き場があった。内陸のほうの自衛隊拠点があった総合運動場の近くにも、本当に大きな瓦礫仮置き場があった。あそこは今もそのままなのだろうか。

市街地をどう復興してゆくか、自治体ごとの復興会議でいろいろ議論がかわされてきているし、きっと今も続いているのだろう。この土地が今後どうなってゆくのかはわからないけど、定期的にみていきたいなとも思った。

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そいえば、日和山公園の入り口にあるお店で、石巻やきそばを食べた。

津波の時には、避難してきた人たちに、あったかい食料を無償で提供したりしていたとかいうエピソードを前にテレビで見ていた。NHKの家族に乾杯だったかな。

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石巻やきそばは麺自体が茶色く、ソースを自分でかけながら食べるとのこと。
個人的には、それほど特別には感じなかったが、石巻に行く機会あれば、ぜひ話の種に一度。

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そして再び、街中のモニュメントを見ながら石巻駅へ。
途中、ピースボートの拠点となっている建物の前も通った。

ずっと残って長期にわたってリーダーとして活動していた人もいるという。
お疲れ様ですと心の中でつぶやいてみたり。

自分にとって2011年もっとも思い出深い場所となった石巻。
年内にもう一度これて本当によかった。

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駅近くには、仮設で営業するいわゆる復興商店街もオープンしていた。

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海側エリアで商売していたお店もきっと含まれているのだろう。

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次にきた時には、きっとまた違う風景を目にするはず。
またいつか来よう。



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和田 亜希子

利根川流域に生息するアラフォー独女。ニッチなテーマで小さなサイトを作る「ミニサイト職人」で、主に運営サイトの広告収入で生計たてるようになり早10年経ちました。「パソコン一台携え、旅しながらサイト運営で生計立てる」ベドウィン・モバイラーの夢まであと一歩。大切にしたいのは「好奇心」と「向上心」。うさぎは2011年の干支、ヘビ年バージョンはこちらです。(詳細

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