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12/24オープンの気仙沼・復興商店街「あさひ鮨」で最高に美味しい鮨を食べた!

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ローカル線&バスで東日本一周する旅の2日目の夜は気仙沼。到着したのはかなり遅い時間だったが、駅前のホテルにチェックインしてタクシー乗ってすぐ向かった先は復興商店街「南町紫市場」。

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廃墟状態の建物も数多く残る気仙沼港近くの一角に、二階建てプレハブが立ち並ぶ。美容院に洋品店、コロッケ屋さん、飲食店などなど。街灯もなく暗い周囲の中で、そのエリアだけが明るく浮かび上がっていた。

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17時ちょっと前についたんだけど、タクシーの運転手さんが「あそこ美味しいよ。でも座れないこと多いけどね」と教えてくれた店もすでにお客さんが何組も入っていた。

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私のお目当ては気仙沼の名店「あさひ鮨」。
震災直前に気仙沼を訪れていた久米繊維の久米社長が在りし日のあさひ鮨を訪れ、その鮨を堪能したそう。

この復興商店街のことを知ったのも、久米さんのFacebook投稿がきっかけだ。

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17時オープンとあったが、時間過ぎてもなかなかのれんが店頭に出てこない。覗くと既に4組ほどお客さん入っていたので勇気だして入ってみた(寿司屋に、しかも名店といわれてるようなところに一人で入るのは人生初体験)。

なんでも、出前注文が大量に入っててんてこまい状態だそう。「すぐにはお出しできないんですがいいですか?」と聞かれたが、私はホテル戻るだけの身。全然急いでいないので、カウンターに座った。

するとカウンター端にいた地元の60代ご夫婦がにっこり笑顔向けてくれた。

「お姉さん傘こっち貸しな。置いておくから」

その後、あまりにカウンター内が多忙でビール注文すら躊躇していた私に「すぐには出てこないといっても、注文だけしておきなよ」と言ってくれたりして、そのまま席移動して一緒に飲むことに。

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↑最後にお願いして記念写真撮らせてもらったもの

とっても陽気で、話し上手で、仲のいいご夫婦。
気仙沼で卸をしているそう。

自宅はぎりぎりのところで流されずすんだが、店舗はなくなり、漁港としての設備も壊滅的な状況となった気仙沼での商売はかなり大変なようだ。・・・なんていう話もしながら、

「お姉さん、魚は好き?食べられないものあんの?」
「いえ、魚は大好きです。銚子すぐそばの育ちなんで」

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といったら、なんと自分の分まで含め三人前のお造りを注文してくれてしまった。

いやいやいやいやいやいや、そんなわけには!
会ってまだ10分の旅行者なのに、しかもいくらなんでも津波被害直撃者の方おごってもらうわけには・・・!と固辞しまくったんだけど、

「こうして会えたのも縁だから」
「お父さんこういうの好きだから」

そういって笑顔で押し切られ、本当におごってもらってしまった。

この後、極上あわびの刺身にふかひれ鮨、北海つぶ貝と次々に・・・・。
どれも美味しすぎて、いちいち嘆息ついてしまった。

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握り鮨は中に。

名店と聞いていたので値段もすごいんだろうと覚悟してたのに、実際はにぎりは1000円から。私が頼んだ中でも1500円と本当にお手頃価格。

「東京とは違うのよ!」と奥さんのほうが笑いながら。

そしてどのネタも本当に美味しい。
シャリもふんわり。

すごいです、あさひ鮨。
皆がオススメするわけだ!

気付けば店内は満席。
地元の人ばかりのようで、知り合いがくるとカウンター越しに挨拶をしている。

「こうしていると・・・、全部前に戻ったみたいな気がするわ」

と奥さんのほうが、刺身を食べ、地酒「蒼天伝」飲みながら、
本当に幸せそうな懐かしそうな笑顔を見せる。

「みんな、ずっと待っていたんだから、ここを」

カウンター内に何度も繰り返し言っていた。

(T_T)

隣にいる自分まで何だかじーんと込み上げてくるものが。

・・・というのも、正直なところ、店に入る前に周辺を歩き、気仙沼の現状のあまりのひどさに衝撃を受けていたからだ。5月頭の石巻以来、陸前高田や大槌町などあちこちいっているが、夏にはひととおり建物は片付いたところ多く、市街地は、商店街が再活性化に向けて動き始めているところも。

なのにこの大きくて歴史もある気仙沼は、
地盤沈下で浸水してしまっているせいだろうか。

5月頭の石巻市街地ととても近い状況のままだった。
こんな状態のまま9ヶ月が過ぎていたなんて・・・。
(もちろん前はもっと混沌としていたんだと思いますが)

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これがあさひ鮨の名物「ふかひれ鮨」。
これも隣のご夫婦がおごってくれてしまった。

たっぷり乗っていたけど、貧乏性な自分は一気に食べるのもったいなく、ちょっとずつつまみながら大事にいただいた。

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津波の話、家が残ったけど「あなたのところは流されなかったのだから」と言われるともうそれ以上何も話ができなくなるという「残ったゆえのつらさ」の話、気仙沼港の話、粕漬けの作り方、2万円もした東京・築地のお鮨の話、兄弟の話などなど。

こういうのを港気質というのだろうか。

他の人からの話だと結構しんみりしてしまいそうな辛い内容もあったんだけど、実際は全然そうではなく、日本酒飲みながら、時に豪快に笑い飛ばすような口調でいろいろ話をしてくれた。

まあ、刺身食べてる時に聞くと、それほど肝据わってない自分など思わずトラウマになりそうな話も飛び出したりしたんだけど。

「今日は会えてよかったわ」
「それは私の台詞ですよ!ひとりでカウンターでお鮨だけ食べて帰ってくるつもりだったのに、こんな楽しい時間過ごさせてもらって。しかもこんなにいろいろおごってもらっちゃって・・・」

結局、自分が帰るときに払ったのは握り鮨の1500円だけで、あとビールから刺身から何から、全部そのご夫婦が払ってくれてしまった。申し訳なくて仕方ないほど・・・。

一生の思い出だ。こんな風に会ったばかりの地元の人といろいろ話できるとは思わなかった。帰ったらすぐ御礼の手紙かこう。いや宮古から葉書だそう。東京にも仕事でくるそうなのでその時は絶対にまたお会いしたい。

深く深く感謝!

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そして最高に美味しいお鮨を握ってくれたあさひ鮨のご主人はじめスタッフの方々。
一番若い方は、国際コンクールで受賞したそう。

久米さんが書かれていたように、本当に笑顔が素敵。
ふらり飛び込んだ旅行者にもとても暖かく接してくれ居心地よかった!

このお鮨を食べるためだけに気仙沼に旅する価値あり!

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すぐ近くには「復興屋台村」もあり、
こちらにも美味しい魚食べさせてくれるお店がいろいろ。

東京からも高速バスで一本の気仙沼。
ボランティア活動とかでなくてもいい。
今訪れて、現状を見ておくことには大きな意味がある気がした。

(自分は来年、可能であればここ気仙沼でのボランティア作業に参加したいな)



コメント

仮設住宅から
仮設商店街という所まで進んでいる事を
実感するレポートですね。
気仙沼は、震災前に仕事で行ったきりなので
行ってみたくなりました。

投稿者: row (2011.12.31 01:31)

仮設商店街&仮設屋台村、よかったですよ!
そして、他の都市部は、割とどこもそれなりに商店街も復活しつつある中で、気仙沼の中心部の変わらぬ状況は、正直驚いてしまいました。

前の姿をしってるrowさんが訪れたら、
自分など以上にいろいろ感じること多そうです。

投稿者: わだ (2012.01.04 14:54)





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和田 亜希子

利根川流域に生息するアラフォー独女。ニッチなテーマで小さなサイトを作る「ミニサイト職人」で、主に運営サイトの広告収入で生計たてるようになり早10年経ちました。「パソコン一台携え、旅しながらサイト運営で生計立てる」ベドウィン・モバイラーの夢まであと一歩。大切にしたいのは「好奇心」と「向上心」。うさぎは2011年の干支、ヘビ年バージョンはこちらです。(詳細

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