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気仙沼漁港周辺を散策!温泉も入った!

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前夜、復興商店街のあさひ鮨で、地元の方といろいろ話しながら美味しすぎる鮨を堪能したものの、そのまま気仙沼を後にしてしまうには気がかりなことがあった。


復興商店街は、漁港のフェリー乗り場に隣接した元繁華街にあるんだけど、港沿いのメインの通り以外は明かりもなく、信号機も故障したままの状態で、タクシー運転手さんが「ゴーストタウン」といっていたようにまっくら。

しかも暗がりに見える建物は、津波で被害受けた状況から瓦礫だけ運び出しただけというところも多く残り、中には天井崩れ落ち木材や瓦礫でぎっしりというところもあった。

日中見るのと違い、暗闇でまわりに人もおらずその状態というのは、本当に怖い。

「このまま帰っちゃうと、その風景だけが脳裏に刻まれちゃうかも」

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それで朝早めにホテルをでて、うっすら雪積もった中、歩いていってみた。

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やはり明るい時に歩いてよかった。
早くから日本屈指のというか世界屈指の漁港として栄えた気仙沼の中心部には、本当にレトロ感漂う建物が多く残っている。

「気仙沼は古い建物を壊さず、継ぎ足しながらきてるからね。まあただそれも今回の津波で変わっちゃうけど」

そうタクシーの運転手さんが言っていた。

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いつ建築されたものかわからないけど、
こんな感じの、きっと建てられた時にはとてもモダンなつくりだったんだろうなというものが多い。

ああ、なんで津波前に一度来ておかなかったのか。
悔やまれる。

それと同時に驚く。

たとえばこの建物なども、メインストリートに面しているんだけど、中はまだごちゃごちゃ状態。ひさし部分もめくれあがって、強風などで飛ばされてしまったりしないのか心配になるほど。

「瓦礫撤去作業はおおかた一段落」

そんな話を他のボランティアの方やコーディネーター的な方からも聞いていたので、大都市の市内中心部はかなり片づけが済んでいるのだと思い込んでしまっていたけど、気仙沼はきっと、いろいろな事情でまだ建物内未着手のところも多いのだろう。ボランティアは初期からかなり大量に入っていたはずなので、人手不足という話ではないと思う。

ひとつには地盤沈下で、水浸し状態のところが多いというのも理由なのかもしれない。

「このままじゃ復興も無理。道路はかさ上げしたけど、それ以外の土地もかなり盛らないと」
「その時、建物をどうするのか・・・」

地元の方がそんな話もしていた。
地主さん単位ではやれないことなのかもしれない。

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明るい時間の南町紫市場にもいってみた。

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早い時間帯だったけど、魚の運び込みなどが行われていた。

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こちらはあさひ鮨が入っている一角。

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昨夜も遅くまで営業していたと思うのだが、中のぞくと、もうどなたかが仕込みを始めていた。きっと年末年始も、お客さんいっぱいそして出前注文大量に入るのだろうな。

「だってみんな、ここが開くの待ってたんだもん」

そう何度も語っていた前日のカウンター席の奥さんのうれしそうな顔が忘れられない。

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そこから屋台村のほうへ。

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復興屋台村の名称は「気仙沼横丁」。
たくさんのちょうちんが釣り下げられていて、朝見ても楽しげな一角。

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この屋台村は、大島行きのフェリー乗り場に隣接している。
気仙沼は、リアス式海岸の一番奥のところにあるので、海の水平線は見えない。

防潮堤もなにもなく、海面がそのまま街につながっているような感じだ。

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港湾に沿ったメインの通りは、かなりの高さのかさ上げが行われていた。
この道ができるまでは、道路も冠水してしまっていたのだから、それは確かにいろいろ遅れが生じたわけだよなと納得。

前夜は、車にひかれないよう、でもうっかり路肩で足すべらせて冷たい水の中に落ちてしまわないよう、暗い中をどきどきしながら歩いたっけ。

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水だらけ。
でも少し前のこのエリアの写真見るともっとひどい状況だったから、これでもかなり変わったのかもしれない。

「信号機ついたのが割りと最近なんだから」
「それまでは東京の警視庁の人たちが交通整理してくれてたのよ」

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こんな状態の建物もまだかなり残っている。

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海水が奥まで入ってしまっている。

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蒼天伝が本当においしかった男山。
この建物も歴史ありそうだ。

お店だったのだろうか。傾いちゃったのだろうか。
でもそもそも、通りに面したほうがに入り口がないのも何か変な気もする。

もしかしたらこれ、一階じゃなかったんじゃないだろうか?

そう思って検索してみたら、在りし日の建物の写真があった。こんなことに・・・。

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自分は今年、石巻以外はすべて岩手県の被災地での活動だったけど、来年は募集探して気仙沼にも来ようと思った。浸水状況変わらないとできる作業は限られるのかもしれないけど、何かできたらいいなあと。

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途中の美容院で、こんな張り紙も。
仮説の商店街の中でも、こうしてサービス再開していけるのは本当に素敵なこと。

それを待っていた人たちもたくさんいると思うし。

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その後、乗る予定だった10時台のバスが運行しておらず、13時台になったので、ホテルチェックアウトして今度は漁港のほうに。

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市場はもちろん復活。
この日はもうお休みに入ってしまっていたので、片づけをしている人がひとりいただけだったけど。

映画のワンシーンのような場面にもでくわしてしまった。

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国旗や大漁旗をかかげた船団の出港シーン。
来る時に乗っていたタクシーの運転手さんは「マグロかな。でると数ヶ月戻ってこないんだよ」といっていた。

実際、たくさんの車が止まっていて、多くの人が見送りにきていた。

プライベートなシーンすぎて写真は撮れなかったけど、船の上には日焼けした男の人たち、そのすぐ下の埠頭に、色とりどりのダウン着込んだ小さな子供たちが何人も並んでいて、ニコニコしながら最後の会話を交わしていた。

若い男の人は、親戚?近所の人?などに囲まれながら照れた笑いで何度も頭下げたりしていた。

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いやー、これが気仙沼なんだあ!!!
120%部外者なんで、邪魔にならないようさらっと通り過ぎたけど、偶然出会えたシーンにかなり感動。

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これは、夜明かりを灯して漁をする船なのだろう。
何だろう?イカ釣り?

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気になるので後で調べてみよう。

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ふと目を山側に転じると、高台に大きなホテルがそびえていた。
エスカレーターで上れるらしい。

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気仙沼プラザホテル。
なんと温泉に500円で入れるそう。

よし、温泉から港を見るぞ!

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あがってみたら、港が一望できる場所。
しかも、さっきのマグロ?の船団がちょうど出航するタイミングだった。

斜めに離岸した船が一隻ずつスピードあげて岸を離れてゆくと、埠頭の人たちが、大人も子供も両腕大きく振って見送る。すると船の上の人たちもやはり両腕を大きく振ってそれに答える。

船は入り江の中なのにかなりスピードあげてどんどん離れてゆく。

(T_T)じーん

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そんな感動シーンをかなりしょっぱい湯につかりながら眺められる、最高の温泉だここ。
日中はちょい日差し強すぎて焼けそうだったけど。

とにかく気持ちがいい。
気仙沼にきたら、必ずここもよるべし!

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お昼は、復興屋台村で食べることにした。

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・・・が、失敗!

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お昼時にきてしまったので、どの店も人でいっぱい。マグロ丼とか食べたかったのだが満席だった。

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でもいいの。
「はまらん」という、いかとか海老とかいっぱい入ったもの食べられから。一個でおなか一杯。

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年末年始も、ここでいろいろ企画あるみたいだ。
ドライブがてらいける人いたら、ぜひ。

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バス停に向かう途中で最後にもう一回だけ復興商店街を通った。
あさひ鮨はランチタイムも営業していた。

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せっかくなので、最初から気になっていたコロッケ屋に入ってみた。

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一個でも購入でき、店内のテーブルで食べていくことも可能。ビールとかもおいてあった。

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揚げたてほくほくのコロッケ、本当においしい!!!

「ね、おいしいでしょ」

お店の女性の方もとってもいい感じだった。

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そして思い出いっぱいの気仙沼を後にし、釜石へ。

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7日間のローカル線&バスで東日本一周する旅、まだまだ続きます。



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和田 亜希子

利根川流域に生息するアラフォー独女。ニッチなテーマで小さなサイトを作る「ミニサイト職人」で、主に運営サイトの広告収入で生計たてるようになり早10年経ちました。「パソコン一台携え、旅しながらサイト運営で生計立てる」ベドウィン・モバイラーの夢まであと一歩。大切にしたいのは「好奇心」と「向上心」。うさぎは2011年の干支、ヘビ年バージョンはこちらです。(詳細

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